歯医者になりたての頃、右も左もわからず、現場では全く使えないクソみたいな知識だけを装備して佇んでいたときがあります。
そんなとき、同じくペーペーのYくんが「患者さんの歯を抜く」ということで、周りがざわついたことがありました。
ペーペー軍団の誰も患者さんの歯を抜いたことがありません。
その先陣をYくんがきるというのです。
これはYくんが勉強熱心とか抜歯技術が高いというわけではなく、ボクらの研修したところが結構大きな病院で、ペーペーそれぞれに先輩ドクターと患者さんが適当に割り振られて、何をいつやるかは先輩ドクター(の気分)次第というシステムだったためです。
Yくんの担当患者さんは、親知らずが痛くて来院しました。Yくん付きの先輩ドクターは「簡単だからできるよね。じゃ、やって。」的なノリでパスを出してきたのです。実際Yくんはどちらかというと奥手な性格で、とても不安そうでした。
直前まで黙々と教科書を読んでシミュレーションしていました。
実際に患者さんを前にした彼の緊張が、陰からこっそり見ているこちらにも伝わってきます。ボクも固唾を飲んで見守りました。
抜歯にはへーベルという器具を使います。まさに抜くためのアイテムです。
なんとか麻酔が終わって、へーベルを掴んだ右手を患者さんの口の中に入れて、力をぐいっと・・・
ドーン
先輩ドクターがYくんを突き飛ばして、倒れたYくんをそのままに引きつった笑顔でサッサと患者さんの歯を抜いてしまいました。
そのまま止血して、ものの15分ほどで患者さんは帰っていきました。
何が起こったのか誰もわからず、ぽかーんとしていると、
先輩ドクターは放心状態のYくんを喫煙所に放り込み
「歯ちげーよ!」
と叫びました。
Yくんは親知らずのひとつ前の健康な歯を抜こうとしていたのです。
医療ミスになる寸前でした。
Yくんが身をもって教えてくれたことは、違う歯を抜かないとかきちんと確認するとかいうことではなく、「ミスのフォロー体制はガチで重要」ということでした。
誰もが最初は未経験で、どんなに教科書を読んでも先輩の手技を観察しても、実際に初めて自分でやる瞬間があります。
4月から社会人になった人もそうですし、初めての路上教習なんかは感覚的に似たようなものだと思います。
その「初めて」が上手くいく場合もあれば、Yくんのように上手くいかない場合もあります。
人為的なミスを0にすることは難しいですし、だからといって医療ミスは許されれることではありません。
むしろ誰にでも間違いはありますが、医療の現場に限っては小さなミスも許されません。
患者さんは必ず能動的であるためまさか人為的に悪化するとは思っていない状況が前提だからです。加えて元に戻らないという意味でも、倫理的にも社会的にも金銭的にも・・・。
ボクにとってはこの「ミスできない」という状況が精神的にとてもしんどいです。
よく「大学病院のような大きな病院は安心」という人がいますが、その安心感は「病気が治る安心」ではありません。
大きい病院こそ「治療」以外に「教育」というテーマを扱っているため上手な(経験豊かな)先生に当たるとは限らないからです。
なにが安心かというと、フォロー体制が個人病院に比べて万全という意味で安心なのです。
まさにYくんの患者さんの状況です。
ミスを恐れずというと偉そうですが、ミスは何かしらのヒントをもたらすので、ミスをしても爆死しない状況でどんどんミスればいいと思います。
ただし、そんな状況にないときは(例えばYくん一人の状況や上司がクソとか、誰か死ぬとか)迷わずその場から逃げるのがいいと思っています。
やらない勇気というか、退却する勇気というか。
自分を必要以上に追い込まずぐーたらしましょう。
そんなYくんも、今度自分で病院を建てるそうです笑